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ボールを拾わないチーム
2026-02-12 20:37:43
安北フットボールクラブ

興味深い記事がありましたので読んでみて下さい!


[ボールを拾わないチーム]


チームが大きくなるほど、人はボールを拾わなくなる。

拾わないほうが楽だから。

ここで言う「ボール」とは、誰の担当とも決まっていないが、放置されれば遅れてコスト、いわゆる時間や人手が必要になるものたち。

初期のチームでは、こうしたボールは自然に拾われる。

理由は単純

拾わなければ、確実に自分に、チームに返ってくることが見えているから。

けれども人数が増えるにつれて、この前提は崩れる。

役割が分かれ、評価が分かれ、意思決定の距離が遠くなる。

拡大とは、違和感が「誰かのもの」ではなく、「どこにも属さないもの」になっていく過程でもある。その結果、拾わない選択のリスクは下がり、拾う選択のコストが上がる。

結果として、次の三つが同時に起き始める。


一つ目に、人数が増えると、誰かが代わりに動く可能性が生まれる。

自分が拾わなくても、致命的な事態にはならないかもしれない。

そう思えた瞬間、ボールは床に残る。

拾わない選択が、危険ではなくなり、拾う行為は「特別な行い」になり始める。


二つ目に、人数が増えると、見られるのは「自分の担当(仕事)をどれだけ綺麗に片付けたか」になっていく。

このとき、ボールを拾う行為は、こう受け取られやすい。

余計なことをしている、決まっていない領域に踏み込んでいる、と。

結果として、拾うほど面倒くさいことに巻き込まれ、拾わないほうが無難になる。


三つ目に、人数が増えるほど、人は自分の感覚に疑いを持ち始める。

「自分が気になっている点は、本当に問題なのだろうか、自分の知らない前提や判断が、すでにあるのではないか、と。

前提と決定の経路は、拡大とともに見えにくくなる。

自分の担当外の事情。


それらが分からない状態で声を上げることは、リスクになる。

だから人は考える。

触らないほうが安全だと。


ボールを拾わないチームは、どう崩れていくのか。


実は最初は失敗は起こらず、小さな成功が続いていく。

拾われなかったボールがあっても、短期的には製品やサービスは出来上がり、成果は上がる。「拾わなくても、回った」という経験が、チームに刻まれていく。

やがて現れるのは、説明できない重さ。

同じ議論が何度も繰り返される。

小さな見落としが、後々に大きな損失になる。

どうして誰も手掛けていないんだと苦言が飛ぶ。

そして「なんとなく、最近重い」その感覚だけが残り、誰かがこう言い出す。

「最近、誰も主体性ないよね」と。

これは原因と結果が逆。

主体性が失われたのではなく、主体性を発揮すると損をする環境が、できただけという現実。


もう一つ、中長期的にチームは崩れていく。


その背後にあるのは、こうした環境下でも責任感や善意から、偏って拾い続けていた人の疲弊が顕在化するから。

抱え、説明し、調整し、そして燃える。

その広い続けた人が疲れた瞬間、チームの静かな安全装置が外れる。

誰も拾わない状態に、一気に落ちていく。


どこにでも起こりうる現象ですね。


意見を言わない、臭いものに蓋をするなど、拾わないズルい大人にはなるな!
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