なんて、エビデンスはないんだけどね 笑
指導者という仕事は、上と下の関係性になりやすい。
大人の方が知っていて、子供達の方が知らないと思ってる人がほとんど。
教えるというメカニズムにはこういう関係性が働いているのだ。
きっと僕もそうなってるだろうし、うちのスタッフもそうだろう…
6年生ぐらいで表情に豊かさがなくなるチームがほとんどだなぁと氣づく。
ゴールを決めたら安心してるように思うし、勝ったらホッとしてるようにも感じる。
⚽️本来は楽しむもので、そこに勝ち負けが存在していて、そこに楽しみや喜び、悔しさや緊張、ありとあらゆるものが存在していてる。
それを自分の好きな⚽️を通して、己の様々なことに氣づいていくことが何よりも奥深さを感じ、また楽しさも感じるはずなんだけど、そこまでいける人はほんと一握りだなぁと思う。
本来人っていうのは、心に従って生きれば生きやすく、しなやかに生きられるように設計されているものなんだけど、今の時代は頭でっかちになってしまう。
早くに⚽️のノウハウを教えてもらい、大人の常識を教えてもらい、自分の感情と向き合う時間ももらえず、表情は曇るばかりだなぁ…
そしてその表情を捉えるはずの感性も濁り、目に見える勝利というものにただただ安心感を覚えてる氣がする。
一生懸命やってても負けることはあると教えることや、適当にやっても勝てるということ、そこからみんなは何を学びますか?そんなことを言ってる指導者はあんまり見たことがない。
勇気を持ってプレーをしようと言う前に、己が勇気を持って人生と向き合っているのか、
緊張するなという前に、あなたが自分自身の緊張に気づいているのか?ということ、
教える者と教えてもらう者の関係性でほとんどが成り立つ以上、自分はどうなんだ?と問うことができる人が増えると良いなぁと思う。

CLUB CRECER de SONHO
クラブ クレセール デソーニョ